「新市民伝」「ゆめ・まち・ねっと」渡部達也、美樹さん。夫婦で作ったNPO

2015/06/11 NPO・CSR ライター 辻陽一郎


静岡県富士市の住宅街の一角、「子どものたまり場・おもしろ荘」を訪ねると、トランプをしたり、黒板に落書きをしたりして子どもたちが遊んでいる。「おかえり」と迎えてくれるのは、おもしろ荘を運営するNPO法人「ゆめ・まち・ねっと」の代表、渡部達也さん(49)と美樹さん(51)夫婦だ。「たっちゃん」「みっきぃ」。子どもたちや地域の人たちにはこう呼ばれている。

 いじめや不登校、虐待などで「学校や家庭で生きづらさを抱える子どもたちの居場所を」と、「たまり場」ができて11年目。平日の夕方になると、小、中学生がふらっとやってきて、年齢に関係なく同じ時間を過ごしていく。夜には勉強を教わりにくる中高生や仕事帰りの青年もやってくる。

 週末には近くの公園で、「たごっこパーク」という「子どもの冒険遊び場」が開かれる。参加費は無料。自然に集まってきた子どもたちが好きなように遊ぶ。木登りをする子、工具を使って廃材で工作をする子、焚き火周りで遊ぶ子、そして4㍍ある土手から川に飛び込み子たち。たごっこパークの看板には、大人向けにこう書いてある。

「木に登らせてあげる。けがをしないように。火をつけてあげる。やけどしないように。(でも)それは失敗しないことと引き換えに『できたっ!』の瞬間を奪うこと。それは遊びの最高におもしろい瞬間を取り上げしまうこと」。

「子どもたちがありのままでいられる場所があることが一番。ちょっとぐらいケガをしても、生き生きと遊ぶ姿を見守り続けることが大事。自分の居場所がなくなって心が折れるより、骨が折れる方がましだから」と達也さんはいう。

「ゆめ・まち・ねっと」を始める前は静岡県庁の職員だった。児童相談所のケースワーカーや子ども向けの大規模な県立公園の設立など、16年間、勤務した。やりがいは感じていた。しかし法律や条令、制度の枠内でしか仕事ができないことへのもどかしさも感じていた。「児童相談所で子どもたちの話を聞いても、それぞれ事情も違うし、悩みや感じている痛みも違う。しかし行政では小さな要望に答えることはできない。一人ひとりと話せる時間は限られているし、やれることも少ない。県立公園でも入園料や運営時間などが決まっている。その条件の中で出会える子どもたちは限られている」。

2003年、中学生の男児が幼児を立体駐車場から突き落とし殺害。2004年には、小学生の女児が同級生をカッターナイフで殺害。虐待件数は右肩上がりで増え続けていた。20歳から39歳の各年代の死因第一位はいずれも自殺。社会的な課題の解決はもはや「官」のサービスだけではできなくなっていた。

 同時にNPOという市民活動の力が注目され始めていた。先駆性、創造性、機動性、柔軟性―NPOの長所として並べられている言葉に魅力を感じた。行政ではやりたくてもできなかったことだった。少数の声や要望に誰かが寄り添って、手を差し伸べないと……。そんな思いからのスタートだった。

 最初に立ち上げたのが「たごっこパーク」だ。都市公園を借りて遊び場を開いた。一年間、学校に行っていないという小学生の少女が遊びに来るようになった。初めは眺めているだけだったが、次第に自分で挑戦する遊びへと活動範囲を拡げていった。「ここへ来させてもらえるようになって明るくなったんですよ」と母親から聞いた。たき火をして「やけどをしちゃった」と伝えてきた彼女の顔はどこか誇らしげに見えた。中学で不登校がちになった少年は、達也さんが一緒にたき火にあたりながら話をじっと聞いていると、学校への不満を話し始めた。自殺という言葉も口にした。けれども少年は準備や片付け等の作業もよく手伝い、小学生の遊び相手としても人気者。「人の役に立ちたいんだ」

 達也さんはいう。「家庭や学校では、悪いところや苦手なところを指摘されることが多いから、それで自信や自己肯定感をなくし、孤立してしまう。そんな子どもたちの良いところ、得意なところを見つけて、持ち味に光を当ててあげたい。」

 病院や重度の心身障害児の施設などで看護師として働いていた美樹さんは、達也さんと同じような想いをもっていた。だから達也さんが役所を辞めてNPOを始めることには、「これから二人でおもしろいことができると、嬉しかった」と言う。

「原点はマザー・テレサ」という美樹さん。大きな病院で働いたこともある。古い体質の杓子定規な仕事は肌に合わなかった。その後、勤めた重度の心身障害児たちが生活する施設で多くの子どもたちに出会った。

「古いマニュアルで動く大きな組織では自分らしさは出せない。「ほっとけないね、この子」という子どもたち一人ひとりと対話をしたいと思った。」 達也さんも美樹さんも経済的にも安定した県庁職員から、活動資金の確保も見えないNPOに足場を移すことに不安はなかった、という。「楽ではないかもしれないけれど、一人ひとりの育ちを見守り続けられるし、子どもたちと一緒に夢を見ることができる。それが僕らの生きがいになる。」小さなまちの「おっちゃん」「おばちゃん」として、子どもたちと寄り添って共に生きる道を選んだ。

 共感し合う夫婦だからこそ見せられる姿もある。子どもたちの中には、喧嘩が絶えない両親や、片親の子も少なくない。「たっちゃんはみっきぃのこと好き?」などとよく聞かれる。寝食を共にするケースでは、「家族ってこんなに話をするんだね」と言われたりする。自分の家庭しか知らない子にとって、仲が良い夫婦や賑やかな家庭というのは不思議な存在なのだ。新しい家族を築いていこうとするとき、たっちゃんとみっきぃのような夫婦をふと思い浮かべてくれたらいい。

 たごっこパークから、おもしろ荘、中高生の学習の場「寺子屋」、大人向けの「子育て勉強会ワンコインゼミ」と、活動の種類も増えてきた。2015年3月には「こども食堂」を始めた。「出会うべき子どもに出会いたい」と月に数度、無料で夕食を提供する。作り手は10代の中卒のフリーターやシングルマザーなどが担う。「この子たちとも繋がり続けたいから」。同じく3月、おもしろ荘の近くに民家を借り、「子ども若者シェアハウスむすびめ」と名付けた。社会的養護が必要と言われる少女2人と共に暮らす。

 臨機応変な活動をするために、足枷となる助成金などの申請を減らしてきたので、経済基盤は設立当初よりも不安定。「お米は活動を始めてこの10年、2回しか買ったことがないのが自慢」と達也さんは笑う。たごっこパークもおもしろ荘も利用料は無料。「活動に共感する人たちがお米や寄付で支えてくれている」。

 たごっこパークには寄付金箱を置いているが、ある日、遊びにきている子どもがお金を入れてくれた。達也さんが、「うれしいけど、子どもはいいんだよ」というと、「僕にとってここは大切な場所。ずっと続いてほしいから」。この小学生は親が離婚し、家に自分の居場所を感じられなくなっていた。

 子どもたちの「居場所」をいつまで確保し続けられるのか。

「NPOをずっと続けようとか、組織の持続可能性だとかは考えていない。ただ、「志」を引き継いでくれる誰かがいたら嬉しいなと思う」と達也さんは話す。「もしいま二人ともが死んでも、”ここ育ち”の子どもたちが大人になって、たっちゃん・みっきぃが提供していたような居場所作りをやってみようとか、全国各地での講演会で出会う人たちがそれぞれの地域で生きづらさを抱える子どもたちを気遣い、寄り添い続ける大人になろうと思ってくれたらいいな」

 夫婦の長女、渡部清花さんはバングラデシュのチッタゴンという地で生活しながら、「ちぇれめいえプロジェクト」という、貧しくて学校に行けない子どもたちを支援する基金を募る活動をしている。志は確実に受け継がれている。


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2015/06/11