【映画レビュー】「オマールの壁」パレスチナ映画史の原点 占領に翻弄され、愛や友情にもがく若者の生き様を描く

2016/05/04 塩塚祐太

右手が主演アダム・バクリさん 4月16日、新宿角川シネマでおこなわれた舞台挨拶時


史上初となるパレスチナ資本100%の映画「オマールの壁」の公開初日、舞台挨拶で来日した主演アダム・バクリは、「今ではパレスチナの子どもたちも、誰もがこの映画を知っている」と喜々として語った。スタッフはすべてパレスチナ人、資金も撮影地もすべてがパレスチナと、まさに、ハニ・アブ・アサド監督渾身のパレスチナ人によるパレスチナ人の作品である。

■葛藤や裏切り、リアルな若者たちの生きる姿

「オマールの壁」は、スリリングなアクションと主人公2人の純真ラブストーリーで、世界中に衝撃と反響を呼んでいる。イスラエルに占領され「分離壁」によって友人たちや恋人と住む街を隔てられているパレスチナ人の特殊な状況を描きつつも、葛藤や裏切りによって二度と取り戻せない運命を辿る若者たちの人間的なドラマ作品でもある。

親の決めた相手と結婚することが一般的なパレスチナにおいて、街角で忍びながら手紙を交換するオマールとナーディアの姿は、まさに今のパレスチナの若者たちの生きた姿だ。その愛や友情が些細な出来事で不安や疑念に変化し、悲劇的な結末に向かっていく。この様子を「静寂」や「無言」によって表現するのも、ハニ監督の見事な手腕がなせる技ではないか。

■内通者は処刑される。家族を守るための苦渋の決断

オマールは、ナーディアと共に歩む未来を思い描く一方で、パレスチナ人の解放闘争にその身を投じる。しかし、イスラエル軍に逮捕され、軍に協力する内通者へ。このときのオマールの葛藤は、我々外国人の想像をはるかに超える。仲間の情報を敵に流す裏切り者の存在は、パレスチナ社会では最も深刻な問題の一つで、昔から深く突き刺さる杭のような苦痛である。

パレスチナ人にとって内通は決して許される行為でなく、末は処刑に至る。一方で内通者にとっては、イスラエルに捕まり、脅迫され、自らと家族たちを守るために、社会全体を敵に回すという苦渋の人生を送ることとなる。人の弱さにつけ込み、内部からパレスチナ社会を疑心で蔓延させ崩壊を誘う、イスラエルの内通者への招きは、占領の最もおぞましい行為の一つである。

監督の前作「パラダイス・ナウ」(2005)でも内通者の問題は重要なキーワードとして挙げられ、内通者の息子であることが主人公の運命に大きく影響する。本作ではこの「内通者の苦悩」というキーワードが主題となっているとも言える。困難な政治的情景に翻弄され、愛や友情にもがく青年オマールの生き様と衝撃のラストシーンは、是非とも劇場で鑑賞していただきたい。

パレスチナの若者たち

パレスチナの若者たち、ナビー・サーレフ村の丘で(Photo by:Shiotsuka Yuta)

■「オマールの壁」はパレスチナ人の映画史に残る作品

思えば、自爆攻撃に向う2人の若者を描いた「パラダイス・ナウ」では、主人公サイードがパレスチナには映画館がないことを呟く。彼にとって映画館の思い出とは、子どもの頃に暴動中大勢で火を放ったイスラエルの映画館のことだった。

2013年に現地を訪れた私は、ナーブルスの街のモールにある真新しい映画館に立ち寄った。おそらくヨルダン川西岸地区で当時唯一の商業映画館(パレスチナでは通常演劇ホール等で映画を見ることはできるが)、そこでは15年以上前のハリウッド映画「タイタニック」が上映されていたのに、若干苦笑したのを覚えている。

パレスチナの若者たちにとって、映画館で映画鑑賞することが日本のように一般的になることは、少し先のことかもしれない。しかし、パレスチナ人にとってこの映画「オマールの壁」は、まぎれもなく彼らの映画史を築く作品であるに違いない。

映画「オマールの壁」公式サイト
・参考 webDICE:パレスチナで「オマールの壁」上映、心まで占領には屈しないとのメッセージに総立ちの拍手(塩塚祐太)

<塩塚祐太プロフィール>
対パレスチナ自治政府日本政府代表事務所(在ラマッラー)元草の根人間の安全保障無償資金協力調整員(2012~2015年)。学生時に国際NGO日本国際ボランティアセンターでのインターンを通してパレスチナ支援に関わり、パレスチナ自治区ビルゼイト大学に8ヵ月間留学(2011年)。留学・駐在を通して現地の人びとの生活に入り込み、占領下に置かれた生活の実態や人びとの考えについて学んだ。

右が塩塚、パレスチナ自治区ラマッラーの商店で店主アブー・ハッサンと

右が塩塚、パレスチナ自治区ラマッラーの商店で店主アブー・ハッサンと


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2016/05/04